熊本港・島原外港往復






雲仙普賢岳の山頂には冠雪が確認できた。満月の光も眩い。
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http://contents.innolife.net/listm.php?ac_id=7&ai_id=10820
http://www.kingkong2009.co.kr/index.htm
東京オリンピックを誘致するよりも映画を通じて話題を作る方が、競技の発展の近道だと思う。
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夏野剛『グーグルに依存し、アマゾンを真似るバカ企業』(幻冬舎新書、760円+税、2009年)
濱口桂一郎『新しい労働社会』(岩波新書、700円+税、2009年)
佐々木毅『政治の精神』(岩波新書、780円+税、2009年)
岩田規久男『国際金融入門 新版』(岩波新書、780円+税、2009年)
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中高大にわたっての先輩がこの方というのは、われながら凄いなと思う。
http://www.digtokyo.com/yasumasayonehara/eromoji/vol_1/
http://cexwork.com/
http://yaplog.jp/loveyone/
http://people.zozo.jp/yasumasayonehara/
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一審の国選弁護人、裁判官・・・。司法に携わる者の中に、こうした冤罪に加担した、質がかくも低い輩がいたことに憤りを覚える。そしてすでに死刑が執行された、飯塚事件の死刑囚の存在。時の法務大臣は、この事件についてどの程度のことを知ってて執行のサインをしたのだろうか?
『世界』2009年8月号 佐藤博史「足利事件 ――DNA鑑定神話と闘う――」DNA再鑑定の結果、無実が証明され、菅家利和さんが再審を待たずに刑務所から釈放されるという異例の展開をみせた足利事件。警察、検察、そして裁判所に至るまで、多くの関係者が全員判断を誤ったのはなぜなのか。その背景には強固な「DNA鑑定神話」があった――。控訴審から菅家さんの弁護を担当し、ようやく無実をはらした弁護士がこの15年間の苦闘をふり返り、足利の悲劇を繰り返さないためにいま求められているものは何かについて熱く語る。
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山田隆司氏の上記著書とは、直接関係ないが、「表現をめぐる自由」や「報道の資質」について思い巡ることが最近あったのでメモしておく。
映画「南京!南京!」や「ポチの告白」をなぜ恐れる? 映画の中身はともかく多元的価値の表現の機会が自重される社会は病んでいる気がする。自由に対して臆病な息苦しさは、(核廃絶に逆行して)世界から嫌われるどこかの体制に似ている。
『世界』2009年6月号注目記事
・PAC3「アリバイ配備」の茶番
・メディア批評 連載第18回 特集・北朝鮮「ミサイル」狂乱報道
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5月3日は憲法記念日
◆ 輝け9条 生かそう憲法 2009年5・3憲法集会&パレード ◆
日時;5月3日(日)13:30~15:30
(11時から会場入り口で入場整理券を配布)~銀座パレ~ド
会場:日比谷公会堂(千代田区日比谷公園内)
公会堂前に第2会場あり。
スピーチ:
落合惠子(作家)
益川敏英(京都産業大学教授・ノーベル物理学賞受賞者)
福島みずほ(社民党党首)
志位和夫(日本共産党委員長)
アトラクション:レラの会(アイヌ民族歌舞)
参加費:無料
手話通訳あり
主催:2009年5/3憲法集会実行委員会
(問い合わせ先)
許すな!憲法改悪・市民連絡会
http://www.annie.ne.jp/~kenpou/
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『バーリンの政治哲学入門』は難解。一休みして故・加藤周一氏著の『続 羊の歌』(岩波新書)へ読書対象を移している。併読はいつものことだ。
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1.対談 小泉・竹中路線の罪 「かんぽの宿」問題とマスメディアの劣化を問う 佐高 信、高杉 良
2.ルポルタージュ 内閣を蝕む警察官僚人脈 世襲タカ派宰相の負の遺産 青木 理
3.直言 雑誌ジャーナリズムは蘇生できるか 佐野眞一
いろんな分野で眼力が劣化しているのは事実のようだ。
同じ号の田中伸尚氏の連載、大逆事件で、処刑された松尾卯一太の妻の佐々木静枝の墓が近くにあるかもしれないということを知った。
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2009年4月2日の朝日新聞「閉塞感のほぐし方 1」に、山室信一・京大教授が登場。徒党を組む組んでみることを提案している。連帯などと最初は肩ひじ張らない方がいい。最初は私的な関心のあつまりが、どこかで公的なものに転化すれば、社会が変わるきっかけにならないか、というわけだ。なるほどと思う。
それと、これはたまたま見た今夜放映のNHKの「戦争と平和の150年」の中でも山室教授が出ていて、日本国憲法の精神が、戦争こそが最大の人権抑圧という考え方から非戦と生存権が一体になっていることを述べていた。しかも、それは日本国民だけではなく、すべての人々にというのが根本だ。
この150年の歴史から学ぶことは多い。しかし、かくもそれを学ばない、忘れる愚かな者たちも多いことか。
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ジョン・グレイ著 河合秀和訳『バーリンの政治哲学入門』(岩波書店、2009年、2700円+税)
つまるところ物事は哲学の問題である。
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加藤周一著『私にとっての20世紀 付 最後のメッセージ』(岩波現代文庫、2009年、1000円+税)
加藤周一氏の書いた文章を今までもさんざん目を通してきたにもかかわらず、なぜ自分の中で残らなかったのか? なぜ氏が亡くなってからストンと落ちるようになったのか? 『羊の歌』にもっと早く接していれば、ずいぶんと違っていた気がする。
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加藤周一『羊の歌』(岩波新書、1968年、740円+税)
購入した本は、2009年1月15日第48刷発行だった。戦時に青年期を生きた人の思索の言葉を記憶に留めたい。
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山下範久著『現代帝国論』(NHKブックス、2008年、1070円+税)
著者はウォーラースティンに師事したとのこと。
『世界』(2009年3月号)の「特 集 雇用の底が抜ける――〈派遣切り〉と〈政治の貧困〉 」における、「【政治への問い】麻生首相に貧困は見えるか――「平等社会日本」の崩壊という政治課題 柿﨑明二 (共同通信) 」、「【政治の役割】<政治の時代>における<政治の貧困> 宇野重規 (東京大学) 」、「 【政治の論じ方】道徳的非難の政治を超えて――「ネオリベ」排除は自明か? 杉田 敦 (法政大学) 」は、いずれもよく論点が整理できており、国民がいかに政治を監視してかかわるべきか、明快だった。柿﨑氏に「冷静な凄み」と評された、派遣村村長の湯浅誠氏の今後にも注目したい。湯浅氏の、問題を可視化させ政治や社会をベターな方向に動かす力量ひとつとってみても、それは魅力的リーダーに見える。
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2/1朝日新聞の読書欄で杉原志啓氏の最新著書『おもしろい歴史物語を読もう』(2008年、NTT出版、1600円+税)の書評が載っているのを発見。評者は苅部直東大教授。著者からの年賀状でも紹介を受けていたので、近く読むことにしたい。

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「僕が真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって僕は廃人であるそうだ」―。
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吉本隆明『貧困と思想』(青土社、2008年、1400円+税)
実体験として過去70年スパンで語れることが強み。ふと故・本田啓吉先生を思い出した。
犯罪は起こっているけれども、少なくとも戦争は起こさなかった日本。しかし、貧困のあまりわざと刑務所に入る者も現れてきている社会になっていることは事実だ。犯罪というサインには表れない多くの沈黙する人々の思いを受け止めないと、さらに大変なことになってしまうことだけは言える。
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今夜放送の日本テレビの「世界一受けたい授業」で、当ブログのネーミングのヒントとなった杉原厚吉東京大学大学院教授が出演されたので視聴した。
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PC世代以降でなかなか味のある文章を書ける人と出会うのは少ない。人は言葉を駆使して通じ合うが、話はつい一過性になる。雰囲気的に伝わることはあるが、得てして文字にしてみると、論理矛盾をきたしていたり、ずいぶんと底の浅い話だと拍子抜けさせられることがある。
10月1日の朝日新聞文化面に俳優の香川照之氏が氏と映画監督の黒沢清氏との出会いについて「ええ、意味はありません」というタイトルで寄稿しているが、俳優が動こうと考えているところ、監督が動かしたいと考えているところのせめぎ合いが伝わって興味深い。言葉の描写力が高い人だと思った。
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きょう放送のNHK「クローズアップ現代」は、興味深かった。テーマは、「コピペ」。大学では学生から提出されるレポートにコピペが多く、教員が悲鳴を上げているという。一方で、コピペを発見するソフト開発も進んでいることが取り上げられていた。スタジオゲストの脳科学者・茂木健一郎氏も語っていたとおり、それがコピペされた代物かどうかは読めばわかる。あるいは話せばわかる。自分の言葉になっていないのは、すぐ化けの皮が剥がれるというものだ。
コピペがよろしくない、もっと踏み込むと危惧されるのは、知の低下ということもあるが、浮遊している情報を疑いもなく取り入れるという姿勢だろうという気がする。こうなると屍が大学に通ってたり、会社で働いてるのとまったく一緒である。権力の思うがままに繰れるということにもなる。
疑うことを止めてないか、情報に接した時はまず考えたい。ともすれば、報道機関だってコピペをしばしば行っているのだから。
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アフガニスタンでの今回の事件は、痛恨の極み。事件に遭った青年がいかに現地の人々に慕われていたかを知るにつけ、犯人の蛮行に憤りを感じる。事務局を置く福岡市の出版社・石風社の社長・F氏の沈痛な表情を報道で目にしたが、無念さがこみ上げてくる。これまで多大な貢献(それは現地の対日感情にどれほどのプラスになったことだろう)を果たしてきた会の活動を縮小しなければならなくなるのか、その点も気がかりだ。
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かつてアパルトヘイト政策の歴史がある南アフリカ。その間、ネルソン・マンデラ氏は、政治犯として27年間も囚われていた。映画は、その刑務所での看守とのかかわりを描いた作品である。もちろん、映画は1960年代から90年代にかけての時代背景も追っている。そこで感じたのは、差別する側の中にもいわゆる格差があり、差別は弱い者がより弱い者に対してこそより苛烈を極めるということ。時として、為政者はその感情を弄び、目くらましに使うということだ。
http://mandela.gyao.jp/
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きょう放送されたNHKスペシャル「解かれた封印 ~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~」でも紹介されていた、「焼き場に立つ少年」と題された写真は、それこそ教科書に載せていい。63年前、被爆した長崎で撮影されたもので、亡くなった幼い弟の亡きがらを背負い火葬場の前にたつ少年の表情に心を動かされる。
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先日「宮内庁ごときが・・・」と公の場で発言し、己の品性の低さを露呈した御仁が、今度は「宮内庁のばかが・・・」ときた。同時に「(五輪招致は)国民が熱願すること」とも言っているが、五輪とはそもそも都市が開催するもの。勝手に「国民が」と決めつけること自体、間違っている。なぜ「都民が熱願すること」と言えないのか。なぜそうまでして皇室を利用しようとするのか。都民に熱願されていないことの証明、皇室さえも動かしてやるという権力者の傲慢さが透けて見える。まさしく、「東京都知事ごときのばかが」と言われても仕方がない醜態である。こうした人物が招致しようとする東京五輪には到底肯首できない。なぜなら礼節をもって国内外のアスリートを接遇できるとは思えないからだ。
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大分県の教員採用汚職事件の広がりを見ると、その混乱によって、今年の大分国体は大丈夫なのかという気がする。しかしながら、不正は不正。かかわった者はすべてあぶりだし、職を辞めてもらう。当然、不正に採用された教員にも辞めてもらい、不合格となった元受験者にすべて再受験の機会を与えるしか、信頼回復の道はないと思う。
確かに一時的に現場は混乱するだろうが、教育に携わる資格のない輩に何を託すというのか。
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作家・石牟礼道子氏を世に出した人としても著名だが、評論家の渡辺京二氏による『黒船前夜』という連載が熊本日日新聞夕刊で7月10日より毎週木曜日に始まる。一地方紙でしか同氏の論考に触れられないのは、惜しいがいずれ出版はされるだろう。
その新連載は、評価が高い『逝きし世の面影 日本近代素描Ⅰ』に連なる、文字通りⅡなのだという。18世紀末から19世紀初めの日本と外国との接触のエピソードから人間の歴史を描いていくそうだ。期待している。
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端的にいえば、虐げられている市民に手を差し伸べる国、平和と安定に責任が持てる国が先進国であろう。サミットのメンバーであるか否かを問わず、例えて言えば、核兵器保有国、武器・公害輸出国などは、すべからく先進国の資格はない。
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世界遺産のイタリアの大聖堂で落書きが見つかった問題で、落書きを行った学生が所属する公立短大が謝罪したという報道を目にしたが、変な気がした。くだんの学生の愚行で不名誉な思いをしたのは、その短大であり、他の在学生・卒業生だろう。大聖堂にも短大・在学生・卒業生にも謝らなければならないのは、落書きを行った学生自身である。落書きを行った学生の代わりに、短大側が貴重な時間やコストを使う必要はない。さっさと厳しく処分すればよいと思ったのだが。面倒見が良すぎる。
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たとえば法務大臣という職業に就いて、極端な話、死刑執行のサインを求められたら、それは職務としてサインするのが筋だと思う。
個人の信条として、現行の死刑制度を廃止すべきと考えているのなら、死刑制度存続を是とする内閣の一員として、まずもって法務大臣という職業に就かないことである。でなければ、その職業に就いて適正に職務を遂行できないからである。個人の信条に左右されて法的裁量が発揮されてはおかしくなる。
しかし、仮に死刑制度を廃止すべきだという内閣ができ、その一員として法務大臣という職業に就いたのなら、職務として執行のサインをしないという行動はあり得る。最高位の職業には政治的裁量が認められる思うからである。
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日頃テレビ番組のほとんどは見るに値しないと思っている。そんなことで見ないのだが、NHKのETV特集の「アンジェイ・ワイダ」は、たまたま番組表で発見し、90分視聴することができた。
ポーランドの著名な映画監督の名前を知ったのは、1980年頃。連帯の活動やその弾圧で戒厳令が敷かれた当時に、代表作の「灰とダイヤモンド」や「大理石の男」を池袋の文芸坐で見た覚えがある。
しかし、それらの映画が世に出た裏で何があったのかについては、この番組で初めて知った。最新作「カティン」を撮るまでの歴史の流れと監督自身の結びつきなど、カティンの森事件は知っていてもそれは知らなかった。それにしても事件が起きたのが1940年、映画完成が2007年。実に監督の思いを実現するまでに70年近くを要したわけだ。ひとつの思いを形にするのに70年、その間の政治情勢の変化もあったにせよ、それ自体が大きなドラマだ。
それと、自由が制約された状況の中で、沈黙で真実を語ったり、言葉ではなく映像で表現したいことを伝えたりという、否応ない駆け引きにも監督の思いの深さ、信念の固さを感じた。ブレない人の凄さに感銘を受けた。
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読売新聞のドン・ナベツネ氏が今年の同社入社式で「新聞記者で言えば、捏造、誤報等は一番いけないことであって、他人の名誉を、いたずらに著しく傷つけるということは許されることではない」と訓示している(『世界』2008年7月号 前澤猛 「渡邉恒雄氏の社論確立」再考 より)が、マス・メディアにとっては名誉毀損リスクが大きな関心事であるようだ。
ところで、現役の新聞記者である山田隆司氏の著作『公人とマス・メディア』を読み終えた。公人の名誉権の保護とマス・メディアの表現の自由、国民の知る権利との関係や調整について明快に考察された読み応えのある論文だった。
結論からいえば、米連邦最高裁判例によって採用されている現実的悪意の法理を日本の判例法理に導入し、マス・メディアの公人報道を萎縮させない方向に導くことに賛意を覚えた。また、現実的悪意の法理の導入を条件として公人の損害賠償額の高額化は認めてしかるべきだと思った。
話は飛躍するが、名誉を保護したい公人にとって、時間もコストもかかり名誉回復効果も小さい裁判に、そもそも臨むこと自体が有益なのかという気がする。法治国家の体裁をとっているが物騒なところでは、目障りなジャーナリストが抹殺の標的となることはあるし、そこまではないところでも取材制限や広告出稿引き上げなどの嫌がらせで干し上げる方がはるかに萎縮を強いると思われる。権力を持つ人物には法廷外での制裁手段もあるわけだ。
一方において、まったくいわれのない報道(それこそ現実的悪意による)で貶められた公人には、法的保護の道はやはり必要だ。名誉毀損による被害が休業につながったとなれば、その補償の意味合いを考慮して、相当高額の賠償額の請求については肯ける。訴訟を起こすにしても予想される成功報酬が高くなければ弁護士への出費もままならない。
山田論文の論考対象にはないが、今後、以下の点はどうあるべきか。考えなければならないだろう。ひとつは、報道する側も公人といえないかという点。署名記事が増えてきたが、ジャーナリスト個人の人格・資質が追及される恐れはある。もう一つは、マスでないメディアの範囲だ。それこそ情報発信する個人を特定できないことのあるネットのメディアの場合、ネットサービス事業者やプロバイダー・回線事業者といったコンテンツの流通段階の責任あたりをどう調整するかも問題になってくる。
※冒頭の出典にあげた『世界』(2008年7月号)では、横田一氏による直撃ルポ「宮崎に本当に必要な道路って何ですか? 東国原知事に訊く」は収穫だったので、付記しておく。宮崎県民の声を聞いてみたい。なお、横田氏は、以下を提案している。(1)高速道路建設より国道拡幅優先に転換、(2)新直轄道路の予算で高千穂鉄道復旧予算を捻出、(3)(天然記念物のアカウミガメの産卵場所で知られる赤江浜など)「脱・コンクリート宣言」で環境に優しい工法に転換。
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まだ行ったことはないが、けさCX系の朝の番組で紹介していた。ナンシーのタバコ店も。何度か行ったという人にマーガリンを見たことがあるかと聞いたら、ないということだった。
http://www.pt-e.net/gk/category/index.php?action=details&shopId=196
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6月8日の朝日新聞オピニオン面「耕論」欄の「終身刑是か非か」は、考察にあたってさまざまなデータが盛り込まれていて役立った。本欄では3人の識者が持論を述べている。一人目は、死刑廃止の受け皿として終身刑が必要という立場。二人目は、排除すれば安全というのは幻想として死刑も終身刑も不要という立場。三人目は、元刑務官の経験から処遇困難な受刑者を増やすとして死刑は残して終身刑は不要という立場。
着目したデータは以下の通り。
・無期懲役は10年経てば仮釈放が可能になるが、それが適用になるのはごくわずか(07年例:3人/1670人)。平均収監期間は25-32年。
・受刑者一人当たりにかかる食費・光熱水費等経費は年間50万円。医療費や火葬・埋葬費も考慮しなければならない。
・一人の死刑囚を担当する刑務官の労力や精神的負担は、(刑務官の感覚として)一般の受刑者の50人分相当以上。
・死刑制度の存続を支持する世論は80%以上。
他に数値化しづらいこととして、死を待つだけの人生の中での更生の可能性、釈放の可能性がない人生の中での更生の可能性、という問題がある。
さらにいえば死刑の廃止論議と合わせての終身刑議論もある。
凶悪事件が起きた翌日でもあるけれども、いまはまだ安易に結論は出せないというしかない。
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評議員を務めている小学校の学校説明会に参加した。そこでつい先ごろから学校から数百メートル近い国道沿いの場所で類似ラブホが営業を開始していることが懸念されていることを知った。建設段階ではビジネスホテルとして申請を出してあり、合法的に建ててあるので行政も手が出せないのだという。なるほど、都市計画区域でも問題はないし、市でも建築規制条例がない。しかし、これを野放しにすれば類はなんとかを呼ぶとやらで近い将来並び立つことも予想される。いずれデリヘルの営業エリアに組み込まれることであろう。なんとか鉄槌を下してやりたいところだ。
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米大統領選挙の候補者指名レースの展開が、どうしても日本のプロ野球のクライマックスシリーズの様相に見える。共和党のマケイン候補が直接対決の待ちぼうけを食わされるシーズン1位のチームで、民主党のオバマ候補とクリントン候補がそれぞれ注目を集めながら勢いを増す2位と3位のチームの立ち位置と似ている。こうなると、断然オバマ氏優位となりそうだ。
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グーグルを書名に冠した書籍を最近よく見かける。そんな中から竹内一正著『グーグルが日本を破壊する』(PHP新書、2008年、720円+税)と岡本一郎著『グーグルに勝つ広告モデル』(光文社新書、2008年、720円+税)の2冊を読んだ。
前者の竹内本は、グーグルの社風を真正面からとらえて描いているのが、印象に残った。邪悪さや恣意性が企業の成長とともに垣間見えることに、著者は危惧を抱いているようだ。最後にグーグルに勝る日本の次世代検索技術「なずき」に期待を寄せる姿勢を明らかにしていた。
後者の岡本本は、既存マスメディアの特質を独自の考察で明らかにし、その対照としてのインターネットあるいはグーグルのモデルを浮き彫りにしているのが、面白かった。一口に言えることは、グーグル自体は何の変哲もない企業ということだ。とにかく情報を整理し尽くすことだけに動いている企業であって、何か知的生産を行っているかというと、そうではない。空虚な集合体が強さを持つ不思議さを覚える。反面、これは中にいると継続的に働いても面白みのない仕事ではないかという気がした。


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きょう、待ち時間があったので、池内了著『疑似科学入門』(岩波新書、2008年、700円+税)と大澤真幸著『不可能性の時代』(岩波新書、2008年、780円+税)を読んだ。最初に手にとったのは後者の方で、現実からの逃避ではなく、現実へと逃避をする者たちというキャッチにひかれたのだが、結局、どう克服したらという部分で、普遍性が弱い議論に思えて、何かすっきりとしなかった。閉塞社会の特質として、人がたとえば会社や学校など帰属するところへ過剰同調してしまうことはある。あえて空気に流されず、孤立することが、畏怖される風潮だ。
その点、前者の切り口は非常にわかりやすかった。何者かに依拠・過剰同調するのではなく、疑ってみることの重要性を、科学者らしく明快に説いている。
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写真は御船町恐竜博物館前のもの。この博物館から20kほど離れた場所に化石発掘体験ができる場所がある。貝の化石が容易に発見できる。

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安冨歩著『生きるための経済学』(NHKブックス、2008年、970円+税)を読んだ。著者は、バブル期に銀行勤めの経験があり、いわゆるバツ2の体験もある。世間体的にはエリートコースを歩んでいるが、その虚栄も自覚している。自殺願望が高かったことも告白している。著書の中で自身の境遇をさらけ出していることが、新鮮だった。同世代ということで共感するところも多い。
で、一口にいえば、現行の経済学批判の書だ。その根拠を証明するためにいろんな分野の学問を渡り歩いてそのエッセンスを説いてくれている。実にありがたい。読後感として「研究依存症」の著者の努力に感謝の念をもった。著者は、その研究依存症に逃避したおかげで自殺に至らなかったとも・・・。
そして、つまるところ、すべては哲学問題になると改めて思った。正直、この著作のわかりにくいところはある。しかし、全般として非常に面白い。精神の自由について考えるきっかけにもなる。

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哲学書は人を謙虚にさせる。分からないからなお一層考える。安直に答えが見つからないから、物事の奥深さを知る。じれったさを楽しめ。今読んでる『てつがくこじんじゅぎょう』からそんな声が聞こえてくる。
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映画「靖国」の上映中止問題では、いろんな論評が出ていたが、鈴木邦男氏が自身のHPで引いていた以下の言葉が印象に残った。ただ、三島本人が言論の場から最期自ら去ったのが、残念だったが。
〈何千万人相手にしても、俺一人だというのが言論だと思うのです。一人の人間を多勢で寄ってたかってぶち壊すのは、言論ではなくて、そういうものを暴力という〉三島由紀夫『文化防衛論』(新潮社)より
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いまだに戦争状態下で生きなければならないイラクやアフガニスタンの国民の苦しみはもちろんだが、米国をはじめとする多くの若者が命の危険をさらしにわざわざ出かけていく理不尽さ、悲しい現実を思わざるをえない。戦争格差社会にあえぐ米国の疲弊も世界にとっては、大いに不安定きわまりない要素だ。
【以下はWPNからのご案内】
みなさまへ
イラク戦争が始まってすでに丸5年が経ちました。
WORLD PEACE NOWは来る3月22日に、イラク、アフガニスタン戦争を終結させ占領軍が撤退するよう要求するための集会を開きます。
アメリカでは1週間にわたって、イラクの占領状態を終わらせるための抗議集会に数万人が集まっていますが、3月20日前後には世界各地で集会が開かれています。
イラク、アフガニスタンでの戦争は現地の人たちの生活を破壊しているだけでなくが原油高騰を招き、それがエタノールの製造増大へと波及し、食糧・物価高騰へと拡大し、さらに米国の経済破綻へと連鎖しています。
イラク、アフガニスタン、パレスチナの人たちの苦しみに比べれば、物価高騰はまだ耐えられますが、精神的荒廃も含めてあらゆる悪化現象の根源にある戦争と占領状態を止めさせるために集会に参加されるよう呼びかけます。
日時 3月22日(土)13:30~14:30
場所 港区芝公園 23号地
都営地下鉄 三田線 御成門下車5分
主催 WORLD PEACE NOW
内容 イラクおよびアフガニスタン、米軍再編についてのスピーチ
14:45~米大使館などへのピースパレード
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きのうきょうと、午前中は子どもの趣味に付き合って送迎に従事した。とはいっても、その待ち時間は、貴重な読書時間となって、それはそれで集中できる。
きょう午後は、思い立って島原へ渡った。フェリーに付きまとうカモメを楽しみながら、1時間。半日にしてはいい気分転換になる旅行だ。島原に近づくにつれ、普賢岳山頂の冠雪がはっきり見てとれた。上陸してまず向かったのが、島原城のすぐ近くの姫松屋。ここで具雑煮をいただく。あたたまったところで、今度は島原市営陸上競技場へ。「がまだすリーグ」というサッカー大会が開かれているので、モンテディオ山形とロアッソ熊本の試合を少しのぞいてきた。前半終了間際から4失点目を食うまでの30分余りを見て早めに港へ戻った。ターミナル前の足湯で温泉気分も味わってきた。わずか3時間だったが、濃度の高い休日だったと思う。






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以下のニュースの切り口に違和感を覚えた。つまり、授業に興味がわかないということを否定的に受け止める必要はないのではないかということ。そもそも大学の授業がおもしろくある必要はない。むしろ、限られた人生においては比較的壮大な無駄な時間であるだろうと思う。特に実学系の場合は、実体験がないからまずストレートに頭に入らない。自分の体験でも本当に法律のことが理解できるようになってきたのは、仕事上、あるいは行きがかり上、いろんなケースにかかわってからである。ただ、おもしろいことに、そういう必要性が出てから、コレはココという具合にポイントをつかむ際に、かつての無駄な授業が生きてきた感じがする。当座の無駄の積み重ねからしか人生の大事がつかめないことがある。だから、授業に興味がわかなくても、それを学生本人はもちろん、大学側が心配したり、迎合する必要はないと思う。
だけど、大学生の読書量が少ないのは心配だ。読書も非常に無駄の多い行為だけれども、これも授業と同じで数をこなさないと、身につく本とは出会わない。それに代わる実践的な出会いがあれば別だけど。
大学生6割 授業に興味わかず NHKニュース 2月3日 18時38分
調査は、東京大学の研究グループが大学の運営や授業に生かすため、おととしから1年間、全国の国公私立127大学の大学生およそ5万人を対象に行いました。「授業に興味・関心がわかないか」という質問に対し、「よくある」が17%、「ときどきある」が45%と、あわせて60%を超えました。また、1日の勉強量について聞いたところ、授業の予習・復習に費やす時間は、「1時間以下」が64%を占め、このうち「まったくない」が13%となりました。大学入学前の高校3年のときの勉強時間については、4時間以上が34%、3時間程度が23%となっていて、大学入学を境に勉強量が極端に減る実態を示す結果になっています。さらに、漫画を除いた本を1か月にどれくらい読むかを聞いたところ、4冊以上が16%ある一方、1冊しか読まないが28%、まったく読まないが29%となり、読書量も少ない傾向を見せています。調査を行った東京大学教育学部の金子元久教授は「『今の学生はあまり勉強をしない』ということが裏付けられてしまった。それは一部の大学だけでなく、東京大学でも同じだった。大学側は『勉強は学生が自分でするもの』という建て前を捨てて、社会に出るうえで必要な知識を大学の中で育てる取り組みを始めることを、真剣に考えなければいけない」と話しています。
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きょう読んだ本、高橋昌一郎著『哲学ディベート』(NHKブックス、1160円+税、2007年)。命の問題、人の尊厳の問題を考えるいい材料になる良書だと思った。刑罰や医療における最新のケースを引き合いに制度や倫理の論点が提示されており、ニュースの見方も変わるのではと思う。印象に残ったのは、「自己決定」という言葉。いかに生きるかという際に、それができてるか、振り返る価値があると思う。逆にそれがないところに、ひところ流行った自己責任はないだろうとも思う。
序章で論理学と倫理学では専門家同士が話ができないくらい分かれているのにも驚いた。ある問題を統治の観点からみるか、経済の論理でみるか、市民感情で考えるか、あるいはテクニカルな側面で見るかで、捉え方が違う。それぞれの側面から考える哲学に興味がわいた。

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昨日は久しぶりに平日休暇を取った。どう時間を過ごそうか、当日朝まで決まらなかったが、結局以下の通りに。いずれも人が多くなく、ゆっくり楽しめた。
1.映画「転々」鑑賞・・・主演はオダジョー。随所に時効警察のノリが入っていて飽きがこない。芝居上手の役者が脇を固めているのが、またいい。
2.熊本ホテルキャッスル「四川料理 桃花源」でランチ・・・2500円の懐石ランチがいろんな味が楽しめ、まさしく美味だった。
3.県民天文台で天体観望・・・冬のダイヤモンドを見てきた。
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昨日、熊本県立美術館本館2階にある「浜田知明版画室」を訪れた。人間の醜さを直視した作風のゴヤがよく引き合いに出されるが、込められた風刺とか哀しみがトーンを柔らかくしている。
イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館で開かれている版画・彫刻家の浜田知明さん(90)=熊本市=の作品展に合わせ、熊本市二の丸の県立美術館本館に同展と同じ作品が展示されている。
作品展は、レオナルド・ダビンチの「受胎告知」をはじめルネサンス期の絵画コレクションで世界的に知られるウフィツィ美術館が、日本人作家では初めて浜田さんの版画十九点を収蔵したのを記念して昨年十二月から開催。県立美術館も浜田さんの作品を常設展示している本館二階の「浜田知明版画室」の展示を入れ替え、同じ十九点を紹介することにした。
二つの期間に分け、半数ずつを展示。二月三日まで一九五〇年代の「初年兵哀歌」シリーズをはじめ戦争体験を題材にした九点、二月五日から三月三十日までは現代社会の風刺にテーマを広げた六〇~八〇年代の作品を中心に十点を並べる。
展示作品には、戦地で描いた軍馬のスケッチを基に制作した「馬のトルソー」(六一年)など、国内では浜田さんの代表作として取り上げられる機会の少ない作品も含まれる。県立美術館学芸課主幹の高浜州賀子さんは「情感より造形的な完成度に注目し、十字架を連想させるモチーフが多い点などに、日本人との視点の違いを感じる」と話している。(くまにちコム2008年1月14日)
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今年最後に読む本(あるいは時間からして2008年の最初に読んだ本になるかもしれない)は、どうやら佐藤優著『国家論』(NHKブックス、1100円+税、2007年)になりそうである。昨日買ってきょうから読み始めたところだが、なかなか面白い。この著者の文章はこれまで雑誌やネットでしか読んだことがなかったが、キリスト教の神学を修めた人は、こういう歴史の見方を知っているのだなという点が第一の収穫。その視点に立ってここ200年ばかりの政治思想史・社会思想史を振り返ると別の見方ができるのだなと得心した。
国家は暴走するものというのは、氏自身の体験でも実感していると思われるが、神学がそうであったようにどのような思想が主流をなすかというと、歴史が示すように必ずしも知的水準が高い思想ではない。だいたいが時の権力に都合のよい(=権力の延命・自己保存に適した)思想しか残らない。まずそのことを知ることだけで意味がある。しかし、そのことに気づく層がどれほどいるのか。現在の格差社会にはそういう絶望感もある気がする。
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思い返すと、大沢作品と出会ってからかれこれ20年になる。割と自分の読み方は、特定の作家の作品をとことん読み通す方だが、ぱったり付き合うのを止めることもあるし、作家の方が新作を出さなくなり、ご無沙汰になることもある。そういう中で、大沢在昌は初期からずっと読み通してきた数少ない作家のひとりだ。
さて、最新刊の『魔物』(角川書店、上・下巻 各1600円+税、2007年)を、一昨日、出張の行き帰りの列車の中で読んだ。珍しく海外(ロシア)が最初の舞台で、いよいよ大沢作品もグローバル化かと思ったが、序盤に一転して舞台は北海道に移り、決着はさまざまな犯罪がうごめく首都東京になる。プロローグの登場人物も早々と殺してしまい、これも先の海外舞台の展開とともに、船戸与一の作風を彷彿とさせたが、麻取の主人公・大塚を最後まで生かしたところは、今後のシリーズ化も期待でき、やはり大沢流だと感じた。
ストーリーで魔物が人間に乗り移るというSFホラー仕立てのところがあるけれども、これも大沢作品では意外なことではない。結末は途中から予想できたけれども、とにかくグイグイ読者を食い付かせるエンタメ精神には満足できた。それにしても代表作・新宿鮫シリーズと共通するテーマは、司法警察の抱える組織の硬直性、グローバル化・潜在化・巧妙化する犯罪に対する警鐘という気がする。今回はロシアマフィアに焦点を当てたのもたえず潮流を追っているなという気がする。
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初めて山鹿市にある熊本県立装飾古墳館へ行ってみた。館内のスペースからいって常設の展示は観ることがかなわなかったが、特別展の「日本のわざと美」は、しっかりした企画だったと思う。工芸分野の作品がその製作工程の解説と合わせて展示されており、特に和紙を取り上げていたのは、新鮮だった。
その後、同館の分館である歴史公園鞠智城・温故創生館も訪れた。こちらは丘の上に古代城を復元した公園施設でなかなか見晴らしがいい。往時の木材建築の水準の高さも認識できる。ところで、ここは今年の全国育樹祭に日本のロイヤルファミリーの一人が訪れたが、そのせいか育樹祭の会場である阿蘇方面から同地への道路の舗装が新しかったのが、印象に残った。

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中学生時代に読んだこの本の書名をついこの前まで思い出せずにいたら、『世界』(2008年1月号)の澤地久枝氏と佐高信氏の対談シリーズ「世代を超えて語り継ぎたい戦争文学」の最終回で、取り上げていたのでやっと思い出すことができた。戦艦に所属する少年兵の目から見た戦争を描いた作品だ。強烈な印象が残っているにもかかわらず、吉村昭の『戦艦武蔵』と混同してしまっていた。
肉弾を交えることはない戦場、艦艇という密なる空間での陰湿な人間関係、いったい何のために誰と戦っているのかわからなくなる戦争のもつ必然的な愚かさ・偽りの正義を描いている。ここに描かれた時代を実体験した世代がせっかく残してくれたメッセージを紡いでいく価値がある。
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銀行といっても金融機関ではない。善意を必要とする人へ渡す架け橋の活動を行っている。新しい募金受付方法を始める予定だ。

http://kumamoto-zengin.com/
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以前このブログで取り上げた高齢者4人からなる演芸ボランティアグループ「鶴城カルテット」がテレビで紹介されるらしい。そもそもの発端は、近くオープンするホームページでの取材だったのだが、このグループの活動に接すると、老いていく自分に何ができるか、だれもが思わず自らを省みさせられるだろう。
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このところ、あさぎり町のヨン様のことを続けざまに話題に取り上げているが、つい先日、彼とは4年前に会っていることがわかった。当時県の地域政策課に出向中のところ、同課主催の地域づくり推進研修会の交流会で名刺交換していたのだった。もちろんそのころは4どころか3・2・1・0・・・だった。人生いつ出会った人が突然有名人になるか分からないということを実感した次第である。
ダブル「ヨン様」 あさぎり夢祭りで実現
球磨郡あさぎり町で28日開かれた「あさぎり夢祭り」に、俳優のぺ・ヨンジュンさんに似ていると話題の同町職員、中神啓介さん(37)とともに、もう一人の「ヨン様」が登場した。
新たな「ヨン様」は、熊本市の会社員、安藤信吾さん(27)。韓流ブームが起きた当時から、同僚らに「似ている」と言われていたという。安藤さんは「酒席で一度だけ披露したことがありますが、自信はありません」と控えめ。
「どうしても中神さんと写真を撮りたい」と友人3人と訪れたが、実行委から「ぜひ一緒にステージに」と頼まれ登壇。あっという間にファンに囲まれ、盛んにカメラのフラッシュを浴びた。中神さんは「私もそろそろお役御免でしょうか」。
熊本日日新聞2007/10/30
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先日のKKWINGのサッカーフェスティバルでは県内の市町村の物産販売会が開かれ、水上村からも出店があった。村の第3セクターとかかわりがあり、いろんな施設を運営しているのを知っているが、いろいろとお勧めである。キャンプ場あり、温泉あり、レストランあり、・・・。
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子どもと県立図書館へ行き、子ども図書室で手持無沙汰のなので、中学生向けの以下の本を読んだ。
吉本隆明著『13歳は二度あるか』(大和書房、2005年、1400円+税)と香山リカ著『10代のうちに考えておくこと』(岩波ジュニア新書、2005年、740円+税)。
一読して思ったのは悪くはないが、中学生に伝わるかなということだった。どうしたらいいという大人のアドバイスを贈りたいのも分かるけど、何かを感じる・考える機会をどんどんこなしていくことだと思う。
吉本氏の著書では新聞を読めと勧めているが、結構新聞購読率は落ちていると思う。香山氏の著書では現代史を勉強しろというが、これもそういう場を作らないと無理だろうという気がした。
中学生だからと言って易しく書いた文章に接する必要はない。
ちなみに私が中学時代に読んだ本で影響を受けたのは、以下のような著者、著作だ。事実あるいはそれをなぞった作品の衝撃は記憶に残る気がする。
五味川純平『戦争と人間』『人間の條件』
ソルジェニーツィン『収容所群島』
アラン・シリトー『長距離走者の孤独』
吉村昭『戦艦武蔵』
K・T生「韓国からの通信」(『世界』掲載)
『ソンミ』著者は忘れたがベトナム戦争時のソンミ事件を扱ったルポ

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といってもすぐ読み切れる量なので、まもなく読み終えてしまうのだが、伊藤憲一著『新・戦争論』(新潮新書、680円+税、2007年)をタイトルに興味をそそられて手にした。ただ、過去の戦争に固執しないといいながら、伝えたいことと、考察の進め方が離れていて、現在の戦争を考える材料が少ない気がしている。「核秩序保安官」としての米国に対する疑いのなさ、米国内にしても疲弊している現実にあまり目が向けられていない。また、自身が否定する法制思考を棚に上げて、法制のことしか触れていないのも底浅い。「戦略論」という学問の第一人者を自認しておられるようだが、この程度の論考なら、あまり国内で相手にされていないのもわかる気がした。
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地下鉄博物館や消防博物館ではなかなか帰らなかったというが、ここ警察博物館でも・・・。ヘリを操縦中の白バイ警官に扮した小学生・・・。
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宮本輝著『花の回廊 流転の海第五部』(新潮社、2007年、2100円)
主人公の松坂熊吾の父親としての生き方、事業家としてのたくましさには、いつも勇気をもらう。著者が日教組嫌いなのはわかるが、そこらへんを無理にストーリーに織り込もうとするのはいつも頑なで鼻につく。
吉本隆明著『真贋』(講談社インターナショナル、2007年、1680円)
戦争のあった時代に青春時代を過ごした人の話は聞いておくべきである。それと社会の仕組みを知るには、会社勤めをした経験のある人の話が信頼性が高い。そんなことを思いながら読み進んだ。
「どうも人間というのは、なかなか向上しない、立派になりにくい宿命を背負った存在ではないかと思うことがあります」(P.231)
「いいことをいいと言ったところで無駄だということです。それは歴史が何回も証明してきました。いいか悪いかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、問題の本質が見えてきません」(P.232)
大岡昇平著『戦争』(岩波現代文庫、2007年、1050円)
約40年前に出版された口述集である。著者自身の経歴をなぞりながら、文学との出会いや戦争体験を語っている。そのものの見方は今でも通用する。
藤井良広著『金融NPO』(岩波新書、2007年、819円)
非営利のバンクについて実例を多数紹介している。仕事としてもおもしろいと思った。
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今回の新潟県中越沖地震の直後に脳裏をかすめたのは柏崎の原発はどうかということだったが、案の定、いろんなトラブルが起きていることが発覚した。そもそも安全ならなぜ東電の配電地域内にある東京に建てないのかという話になる。
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写真は、玉名のしょうぶまつり、山鹿の足湯、七城のメロンドーム。まだまだ寄ったことのない場所が多い。玉名の中心市街の高瀬蔵を中心とした街づくりは感じがよい。山鹿も広い。道の駅かほくも大規模な施設。八千代座を中心とした街も雰囲気がある。七城メロンドームではメロンに光を当てて糖度を測定しているのを初めて見た。
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このところ近場を頻繁にドライブしている。本日訪れたのは八代~人吉球磨方面。熊本県内で九州の州都を熊本にという議論が起こっているが、ここでいう州都は熊本市を意識したものが多い。ただ、すでに県庁所在地がある都市に州都というのはやや芸がない気がする。交通アクセスの視点から全域が納得しやすい位置にするべきではないか。その意味で、熊本では八代あたりが便利が良さそうな気がする。あるいは佐賀の鳥栖か。
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ロッソの観戦はかなわず、そのせいでもあるまいが、敗戦。菊池に足を延ばし足湯を楽しんだ。硫黄の香りがしていかにもという感じ。高温だが気持ちがよい。
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津和野の葛飾北斎美術館の収蔵品が八代市立博物館にやってきている。GW最後の一日は充実した企画展鑑賞だった。水しぶきや光の当たり具合を表現した形や色がなんともいえない味を出している。
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熊本県立美術館分館で開かれている坂田燦展を観てきた。個人的には高1時代の担任の先生であり、以来30年、師の軌跡はうかがい見てきたはずである。しかし、それでも知らないことが多く、今回の個展で初めて知ったことも多かった。
担任教師と教え子という関係であったが、師の専門である美術は選択していなかったので、教科を通じて直接指導を受けるということはなかった。それでも思い出が多いということは、師の存在そのものから受ける影響が多かったということだろう。画を描かれるだけではなく、ふだんからよく文章を書いておられた。また共同制作による作品も多かった。図録『続 この道や』に収録された数々の文章を一気に読んだが、実に多面的に行動される教育者であったことを強く覚えた。
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昨日(5/3)の朝日新聞の社説21本は充実していて良かった。普段物足りなさを覚えることが多いが、こういう目配りは良い。言い方は悪いが、カネが取れる記事だ。毎日こうしたレベルを維持するのは難しいかもしれないが、せめて1ヶ月に1回ぐらいはやってみていい。果してどの程度の人に書かれた考えが伝わるかわからないが、それに反応した考えが後日ネットその他で広がれば、意味があるのではないか。
経済紙も必要に応じて読んでいるが、ここに載っている記事の大半は発表モノ。あとでフォローすると書かれていることのほとんどが看板倒れということが多い。輿論形成に寄与する新聞の役割についても考えさせられた、憲法記念日であった。
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当日となったが、「2007年5・3憲法集会&1万人銀座パレード」の案内を転載する。
いまイラクやアフガニスタンで野蛮な戦争が起こされていますが、日本も従属的な立場であれこれに参加しています。憲法を改定すると、日本の自衛軍はこのような弱小国への武力行使に率先して参加するようになりましょう。日本国憲法は、このような侵略戦争を起こさないための、世界の模範憲法なのです。世界では、この日本の「模範憲法」の理念を取り入れようとしている国が増えつつあるのです。そのようなとき、この「世界の至宝」のような憲法が、俗悪な憲法に変えられようとしています。日本国憲法は命をかけても護るに値する世界の「指標憲法」ですから、それを護るためにそれぞれが行動を起こしましょう。
"憲法施行60周年" 生かそう憲法 守ろう9条 改憲手続き法はいらない
2007年憲法集会&1万人銀座パレード
日時; 5月3日(休)12:00開場、13:00開会
会場: 日比谷公会堂とその周辺(地下鉄霞ヶ関、or日比谷)
内容; 発言者・植野妙実子、浅井基文、福島瑞穂、志位和夫
歌&コント オオタスセリ
パレード;15:00~ 銀座コース
入場無料; カンパ要請あり主催・5・3憲法集会実行委員会(事務局・憲法会議、女性の憲法年連絡会、憲法を愛する女性ネット、平和憲法21世紀の会、憲法を生かす会、キリスト者平和ネット、市民憲法調査会、許すな!憲法改悪・市民連絡会)
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4月30日の朝日新聞の「この人、この話題」欄に、憲法記念日に寄せて山室信一氏が登場し、現憲法が当時の政府の自主的判断に基づいて確定したエピソードを紹介している。それによれば、押しつけ論に配慮したマッカーサーは、憲法施行に先立って吉田首相に憲法を施行後2年以内に自由に改正できる権限を与えていたという。実際、それを受けて1948年6月以降、国会内や民間に検討のための研究会が設置されて見直しがなされたものの、政府は改正の意思がないことを表明、施行2周年の49年5月3日に自主的判断によって現憲法のまま確定したということである。
制定当時の主権者である国民はほとんど戦争体験者であり、反戦・厭戦の世論が大勢を占めたことは間違いない。いくら日々の生活に困窮していたとはいえ、押しつけられたという思いは抱かなかったのでなかろうか。山室氏も指摘しているが、国民が主権者でなかった帝国憲法こそがもろに押しつけ憲法であった。
ありもしない日本国憲法押しつけ論をもってし、主権者をないがしろしにした憲法を押しつけようとしている風潮を覚えざるを得ない。
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4月21日の朝日新聞に、吉本隆明氏が、最近の若い詩人についてどう評価しているかを語った言葉が載っており、興味をひいた。吉本氏は、その傾向を三つに大別している。
1.日常的な生活を描写し、詩らしくしようとしているが、何をどう書くかという自覚性がうかがえない詩。これが大部分だという。
2.持てる教養や知識を精いっぱい使い、難しい言葉で難しいことを言っているが、詩の表現になっていない詩。
3.少数の例外ながら、詩的イメージを作り出し、あるいは脱出口になり得るかもしれない詩。
そして、これらの傾向の背景として、自然に対する感受性の喪失を指摘している。
確かに「感受性の喪失」は若い世代に限らずあるかもしれない。しかも、詩に限らず、あらゆる表現活動にそれを感じる。たとえば、報道らしく装ったテレビ番組のおしゃべり、専門用語を散りばめただけの薄ぺらいネット上の評論。政治が語られるにしても、経済が語られるにしても、“存在の耐えられない軽さ”を覚えてしまう議論が多い気がする。
過去の歴史に対する感受性や人間社会に対する感受性についても喪失しているのではないだろうか? 感じる力、考える力、総じて知の頽廃傾向を危惧する。
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「慰安婦」問題にかかわる政権ならびにその取り巻き連中のあの頑なな思考には辟易させられる。いまどき情報はいくらでも取れるのに「見たくないものは見ようとしない」「知りたくないものは知ろうとしない」。あげく子どもたちに「教えたくないものは教えようとしない」という意向を反映したのが「教科書検定」問題だという気がする。
「美しい」国も大いに結構。でも、過ちを犯したことのない国家や為政者はどこにもない。「醜かった」過去も見て、知って、教えてこそ、世界に誇れる「美しさ」の価値が理解でき、追求できるのではないだろうか。「美しい」為政者の資格があるか、たえず見てやりたい。
土台、人間の出来は(自分も含めて)悪い。だから、歴史上だれでも間違いは犯す。せめて隠さないことだけはやろう。それが斃死した人や取り返しのつかない被害に遭った人への誠意なのではないだろうか。
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東京都知事選で現職や政党推薦の対立候補以上に何かと話題を集めているストリートミュージシャン氏。金造よりは票を集めるかもしれない。しかし、所詮ネタ系ホーマツ候補。次は熊本市議選に出て勝負をかけるといってるが、政見放送なしの市議選では誰もビビらないのでは?
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吉岡忍『ニッポンの心意気 現代仕事カタログ』(ちくまプリマー新書、903円、2007年)。当然といえば当然だが、世の中、その人ひとりしかやってない職業がたくさんある。資格や免許、勤務先に守られた仕事もいいが、もっと好きなことに取り組んでみてもいいんじゃないかな。捨てられている卵の殻を粉末にしてグラウンドの白線ラインやロジンバッグの製品を生み出した佐賀の青年の話など痛快だった。

丸田一『ウェブが創る新しい郷土 地域情報化のすすめ』(講談社現代新書、735円、2007年)。正直半分は退屈な話。しかし、事例の話になると俄然面白くなる。佐渡島の「お笑い島計画」とかはすぐ各地でも真似してみていい話だ。熊本の住民ディレクターの話も取り上げられていて、身近に感じた。

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なかなか楽しい美術展である。熊本市現代美術展で開かれている森村泰昌氏の「美の教室、静聴せよ」展を文字通り“聴いて”きた。タネ明かしをすると、入口に入るとまず携帯音声プレーヤーが手渡され、「美の教室」森村泰昌校長の授業を肉声で聴かされるのだ。ホームルームに始まり1~6時限目までみっちり各10分は聴かされ、最後は修了テストまである。解答用紙を提出すると、修了証までいただける趣向となっている。
作家が伝えたいことをここまで徹底的にやろうというのだから、受ける側もある程度耐性が備わっていないといけない。言っておくが、お子様向けの展示会ではないので大人が単独で訪れることをお勧めする。
森村泰昌氏の作品を知ったのは、かれこれ20年近く前になる。当時NHK教育テレビで写真家・篠山紀信氏が番組「NHK趣味百科 近未来写真術」で取り上げていたのだ(当時のテキストを所持していて、今サイトで調べたらもともと960円のが古本買取価格で1500円となっていた!)。それに載っていたベラスケスやマネに題材をとった作品は、この展示会にも出ていてすごく感動した。
最近は、単に美しくスリ替わることだけでなく、もっとドロドロしたゴヤに題材をとっているのが印象深い。笑いに変える力を求めているようだ。おそらく二人に接点はないだろうが、現在の人間社会の描き方に浜田知明氏の作風を連想させた。

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人の心が変わる、ってことは何か人が信じられる温かさがある。一方で、それが抑圧的な体制下であればなおさら困難な中で、自らの信念を曲げずに闘う、ってことにも自分らのような凡人は惹かれる。
静かで、それでいてドキドキするいい映画だった。特に監視対象の女性の前に当局者の男性が素顔を晒して言葉を掛けてしまうあたり。フランス映画の「仕立て屋の恋」に描かれた男性の一途な気持ちを思い浮かべてしまった。
舞台が東ドイツだけに国民車「トラバント」(愛称「トラビ」)がよく映画に登場したのもなつかしかった。93年頃に旧東ベルリンを訪れたときにホテルの前に廃車同然のトラビが停まっていて、ずいぶんと小さい車だなと驚いたことがあった。ついでにいうと、検問所跡の資料館には境界を突破するために使用された鉄板を張り巡らして防護したトラビが展示してある。一種の特攻であるわけで、事情を知らなければ滑稽な遺物に見えるが、まだついこないだの歴史だ。

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六本木に今年開館した新国立美術館。今月下旬に東京へ行く際に少しのぞいてみようと思っている。都知事選立候補予定者の企画展に興味があるのではなく、もちろんポンピドゥー展の方だ。パリのそれには比べるまでもないことだが、どんなものだろうか。それにしてもあの開館時間の短さはなんだろうか。
本場のポンピドゥーだと美術館前の広場で火を吹く大道芸人などがいてその雑多さが街に息づいている感じがしていい雰囲気だった印象がある。
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JFL開幕当日、多良木町で開かれるイベントに参加のため、KKWINGでの観戦はできない。その多良木で何をやるかというと地元高校生と一緒にロッソのグッズや球磨地方の木製品などを売る。
「一位 箸」・・・一位という木で作った箸。一位で食う。なんか勝負事に使えそう。多良木町産。
「まげわっぱ 弁当箱」・・・檜、杉、山桜を使って作った弁当箱。ご飯が傷みにくいのが特長。球磨村産。
「ぐい飲み そらぎゅう」・・・桜の木で作ったぐい飲み。底が円錐になっており、なかなか杯を置けない。水上村産。
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読書案内いただいたものを転載する。
1,「ウラ金・権力の味」 古川利明著 第三書館
日本の権力の腐敗振りをこれでもかこれでもかと例証して暴いている本です。
2,「ビルダーバーグ倶楽部」 ダニエル・エスチューリン著 バジリコ株式会社
これは、世界の背後で何が蠢いているのかを初めて暴いた本と言っていいでしょう。ただし、著者に一寸した勘違いもあるようですが、何といっても「ビルダーバーグ会議」は秘密のベールに包まれていたので大いに知識を与えてくれます。
3,「アメリカの謀略戦争」 ミシェル・チョスドフスキー著 本の友社
これは題名通りアメリカの陰謀を暴いたものです。
4,「暴かれた9.11疑惑の真相」
これは9.11事件が表向きのアルカイダ犯行説とは異なる者たちによって仕組まれていたということを暴いたものです。
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水俣を題材にしたいい写真を久々に見た。『世界』(2007年4月号)のグラビアがそれ。奥田彰人さんという写真家が「HAPPY PEOPLE」というタイトルで作品を寄せている。まず撮った理由がふるっている。本人の弁によれば、水俣に住んでいる人から「今の水俣を撮りに来い」と喧嘩(?)を売られ、1年4ヶ月も移り住んだということである。それと、都会では埋もれている「生きる」ことを表現したかったからだという。さらに、本人の決め事があって、水俣病についてあえて勉強しないということであった。いろんな背景を持つ人や風景をありのままに撮り、その写真からはむしろ美しさやたくましさ、明るさが漂う。ヘタに水俣病の知識を持つ者ほど、見る側を不思議な気持ちにさせてしまう作品である。
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そういえば、先日の同窓生での飲み会でこんな話を聞いた。女性2,000円、男性3,000円で焼肉食べ放題、飲み放題の店があったということだった。一体どんな肉を出すのだろう。いくら安くてもBSE食べ放題は御免被る。某ヨシノヤの牛丼に骨が混入していたなどというあまりマスコミでは報じられていない事件も起きているようだが、外食も命懸けだなと思う。
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