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2007/04/28

感受性の喪失

 4月21日の朝日新聞に、吉本隆明氏が、最近の若い詩人についてどう評価しているかを語った言葉が載っており、興味をひいた。吉本氏は、その傾向を三つに大別している。
1.日常的な生活を描写し、詩らしくしようとしているが、何をどう書くかという自覚性がうかがえない詩。これが大部分だという。
2.持てる教養や知識を精いっぱい使い、難しい言葉で難しいことを言っているが、詩の表現になっていない詩。
3.少数の例外ながら、詩的イメージを作り出し、あるいは脱出口になり得るかもしれない詩。
 そして、これらの傾向の背景として、自然に対する感受性の喪失を指摘している。

 確かに「感受性の喪失」は若い世代に限らずあるかもしれない。しかも、詩に限らず、あらゆる表現活動にそれを感じる。たとえば、報道らしく装ったテレビ番組のおしゃべり、専門用語を散りばめただけの薄ぺらいネット上の評論。政治が語られるにしても、経済が語られるにしても、“存在の耐えられない軽さ”を覚えてしまう議論が多い気がする。
 過去の歴史に対する感受性や人間社会に対する感受性についても喪失しているのではないだろうか? 感じる力、考える力、総じて知の頽廃傾向を危惧する。

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