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2006/06/27

イヌは憲法を語れないワン

斎藤貴男対談集『みんなで一緒に「貧しく」なろう』のなかで、以下の部分は、現在の改憲潮流についての的を得た捉え方だと思う。

斎藤貴男「憲法のあり方そのものをかえようということになってきていて、近代立憲主義をやめてしまおうとしている。これまでの憲法は国民が国家権力を縛る規範だったのが、これからの憲法は国民が国家権力を縛る規範だったのが、これからの憲法はそれを人間の生き方の規範にしようというものなんです。」(P.156)   吉岡忍「現在の改憲論議は、一つはいまの立憲主義をやめようという方向と、もう一つは九条を変えようというものですね。僕はどちらが嫌ですかと言われたら、立憲主義をやめる方が嫌ですね。なぜなら、九条はもし変えたとしても、主権者がわれわれである限りそれをもう一度変えることも可能です。しかし、立憲主義をやめたら、国民にはもう憲法を変える方法がなくなるということですからね。」(P.157)
というか、文字通りチルドレン政治家たちのオツムにある憲法とは、国の最高法規=最高の規則という捉え方しかないんだと思う。だから、抽象的な内面・信条にかかわる事柄も条文に盛り込めば、下々の民が守るに違いないという“ピュア”な認識しかないのではないだろうか? ところがどっこい。英語にすれば同じ“rule”でも憲法は「規則」ではない、「統治」にかわわる。「規則」ならイヌでも理解できるが、「統治」は人間様にしか本来理解できない。 つまりイヌ並みの頭脳のセンセイ方が憲法を取り扱おうというのが、今の状況なのだからホントに危なっかしい。

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