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2006/06/28

日本外交が光っていた時期は二つ

斎藤貴男対談集『みんなで一緒に「貧しく」なろう』より。佐高信氏・辻井喬氏との格差・不公正社会を巡る議論は、斬り方が鮮やかだったと思う。

佐高信「経済の発展が国とか社会の発展につながらないんじゃないかという考え方は、公害問題が一つの契機になりましたね。その中で逆に社会主義的なものの崩壊と同時に、自由主義への居直りが出てくる。その居直りの変形が、斎藤さんの言う『カルト資本主義』だと思うんです。簡単に言えば、『儲けて何が悪い』という論をオブラートに包むわけね。」(P.57) 辻井喬「あまり思想的に考え方を詰めないにもかかわらず行動的には瞬間的に行動する。そして単独で行動するということをしない。悪しき集団心理。」(P.58) 辻井喬「日本の外交が一番光っていた時期は二つしかないんです。一つは明治維新後の一八九〇年まで。つまり教育勅語などが出るまでの二十三年間。軍事力も政治力もない。したがって外交だけでいろんな列強の力を見ながら政策を動かした。もう一つは敗戦後からの十年か十五年の高度成長期まで。このときは経済力も軍事力もなかった。だから知恵を出すのが外交だという認識。」(P.65) 辻井喬「いま改憲論者は『押し付け憲法だ』って言うでしょう。でもいま変えるというのも、また押し付けなんですよね。押し付け憲法をやめるのに、言われて変えるっていうのはどういうことなんですかね。」(P.66)
してみると、ヘタに経済力や軍事力がない方が知恵を絞り国際関係がうまくいくっていうこと!? 確かに力任せに浅はかな考えで進んでうまくいくとは限らないからね。

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