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2005/06/24

高橋哲哉著『靖国問題』読後感

 哲学者の高橋哲哉さんの『靖国問題』を昨日読み終わりました。ふだん哲学者のイメージというと、観念的に小難しい言葉を駆使して物語る人の感がありますが、高橋さんの著書では靖国神社の歴史をさまざまな資料を出しながら考察していきます。つまり、手法としては歴史家やジャーナリストの仕事に近い印象を受けました。
 第二章「歴史認識の問題」、第五章「文化の問題」(これらは公式参拝推進派が陥りやすい論拠の浅さをよく衝いています)の部分は、切れ味が鋭い文章が連なっています。
 靖国問題を語るには、靖国神社とはどのような宗教施設か、ということを成り立ちから遡り知らなければやはり見誤りかねないと思いました。A級戦犯が合祀されていることがクローズアップされていますが、靖国神社は特異な死者の祀り方をしています。たとえば、排除された死者としては、明治維新前の“賊軍”、東京大空襲・沖縄戦・広島長崎被爆などの民間人死者、外国人死者などです。逆に、明治以来、侵略戦争を仕掛けあげく亡国の危機に導いた指導者あるいはそれに巻き込まれた軍人・軍属は徹底的に英霊として追悼しています。侵略された側、戦争に駆り出された側から出る批判の声には頑なです。
 残念ながら高橋著書では触れられていませんが、現実の靖国神社は資料館に数々の戦争遺品が展示されるなど、その展示物だけに接する限りでは参拝者は戦争の悲惨さを感じ取り、遺族に限らず自然の感情としてやはり戦死者を追悼しなければという気持ちになるでしょう。その即物的な素朴な感情を日本の伝統とか文化と言い含められ、それこそ靖国神社がもつ伝統的歴史観から目をそらさせ、公式参拝の正当性に利用されているのが、実情という気がしました。

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コメント

私も小泉氏が沖縄や硫黄島の追悼式に首相として出席し参列することには賛成で、国の指導者としてはあたりまえのように考えます。そういう意味では靖国に参拝するのも理解できますが、それより前に何か感情的に突っかかるものがありますね。

投稿: hang | 2005/06/24 17:01

『靖国神社と日本人』PHP新書、小堀桂一郎著も読まれることをお勧めいたします。

投稿: 田中清照 | 2005/06/24 17:42

>hang様、田中清照様
 コメントありがとうございました。
 公人による参拝という行動が問題になってはいますが、むしろこれら公人が戦争を指導者としてどう捉えているのかが気になります。つまり死者たちから発せられる戦争の真実をどう受けとめ、国を導いていこうとしているのか。自分たちにその責任能力があるのか。そんなことを考えて死者の声を聞いているのか。
 たとえば、靖国神社の遊就館という資料館の中には、人間魚雷「回天」やロケット特攻機「桜花」といった狂気としかいえない自爆兵器も展示されています。どういう理由であれ国の宝である若者を数多く死に追いやった当時の指導者たちに怒りを禁じ得ません。ノモンハン事件の時点で無謀なことはわかっていたにもかかわらず国民を守るどころか亡国への道を無責任に突っ走った愚かさ。血を流すのはまず指導者から、そう言い切る気骨のある公人が残念ながら見当たりません。

投稿: テルセキ | 2005/06/25 00:55

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» 高橋哲哉『靖国問題』を批判する(上) [松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG]
■はじめに 高橋哲哉『靖国問題』(ちくま新書・2005年4月)を読んだ。高橋さんは東京大学大学院教授にして二十世紀西欧哲学を研究しておられる方。「あとがき」によれば、本書は新書ながらも高橋さんが「この間(10年以上もの間)もっとも書きたかったテーマ」(同書237頁、以下同じ)にタックルされた果実らしい。本書の「はじめに」にはこう書かれている。「靖国神社の歴史を踏まえながらも、本書では、靖国問題とはどのような問題であるのか、どのような筋道で考えていけばよいのかを<b>論理的に明らかに..... [続きを読む]

受信: 2005/08/02 12:52

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 8月16日の続きである。 靖国というシステムが、明治初期の富国強兵のために興ったことは、もうこれは明らかなことになっている。それ以前は影も形もなかった。1869年(明治2年)に東京招魂社の創設から始まり、10年後に「靖国神社」と社号を変えたわけだが、日本の領土拡大、つまり当時の... [続きを読む]

受信: 2005/08/18 23:54

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